皮膚科の豆知識ブログ

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単純ヘルペスと帯状疱疹は見分けられるのか?

単純ヘルペスと帯状疱疹は見た目が違います。

単純ヘルペスの皮疹は口の周りや陰部に限局しますが、帯状疱疹は帯状に広がります。

また帯状疱疹の方が痛みが強く、皮疹も重篤です。

 

しかし私たちは本当にこれらを見分けられているのでしょうか。

それを調べた論文を2つ紹介します。

まず視診で単純ヘルペスと診断された45人に対して、PCRを行って診断を確認した報告です。

Br J Dermatol. 137(2): 259, 1997(PMID: 9292077)

初診時に単純ヘルペスと診断された45人の最終診断

・単純ヘルペス:80%
・帯状疱疹:20%

 

このように単純ヘルペスと診断された症例の中に、帯状疱疹が紛れ込んでいます。

帯状疱疹の初期は症状が軽く、単純ヘルペスとの鑑別が難しい場合があるようです。

 

次に視診で帯状疱疹と診断された47人に対して、PCRを行い診断を確認した報告です。

Am J Med. 81(5): 775, 1986(PMID: 3022586)

初診時に帯状疱疹と診断された47人の最終診断

・帯状疱疹:87%
・単純ヘルペス:13%

 

単純ヘルペスを帯状疱疹と間違っている症例が一定数あるようです。

症状が強い単純ヘルペスは帯状疱疹との鑑別が難しく、zosteriform herpes simplexと呼ばれています。

このように、視診で単純ヘルペスと帯状疱疹を区別するのは難しい場合があることを知っておく必要があるでしょう。

 

同じ場所に何度も帯状疱疹を繰り返しているという人は、帯状疱疹ではなくて単純ヘルペスなのかもしれません。

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なぜ帯状疱疹のほうが痛みが強い?

単純ヘルペスと帯状疱疹は、ともにヘルペスウイルスによって起こる疾患です。

しかし臨床症状には違いがあり、帯状疱疹では強い痛みを伴います。

この違いはなぜ生じるのでしょうか。

 

ヘルペスウイルスは感覚神経節の神経細胞に潜在感染しています。

宿主の免疫能が低下した際にウイルスは活性化し、神経を通って皮膚へ到達し病変を形成します。

 

しかし皮膚へ到達するまでの過程が単純ヘルペスと帯状疱疹では異なっているのです。

臨床と微生物 40(1): 29, 2013

 

単純ヘルペスは神経線維の軸索内を通って皮膚に達します。

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一方帯状疱疹は、軸索の周りの髄鞘を通り、髄鞘を破壊しながら皮膚に達します。

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帯状疱疹では神経損傷が起こっているため、単純ヘルペスよりも強い痛みを伴うのです。

さらに強い炎症が起こり皮疹も重篤になります。

皮膚へ到達するまでの過程の違いが、単純ヘルペスと帯状疱疹の様々な違いを生み出しています。

 

ところが抗ウイルス薬の投与量の違いに関しては、また別の理由があります。

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なぜ単純ヘルペスと帯状疱疹で薬の量が違う?

抗ウイルス薬の投与量は、単純ヘルペスと帯状疱疹とで違います。

 

【バラシクロビルの投与量】

・単純ヘルペス:1日1000mg
・帯状疱疹:1日3000mg

 

なぜこのような違いがあるのでしょうか。

この理由は、帯状疱疹のほうが症状が強いからだと思われがちです。

しかし本当の理由は異なっています。

 

単純ヘルペスウイルスと水痘帯状疱疹ウイルスの薬剤感受性を調べた報告を見てみましょう。

Drugs. 47(1): 153, 1994 PMID: 7510619

 

 IC50とはウイルスの増殖を50%阻害することができる抗ウイルス薬の濃度です。

この数値が高いほうが薬剤感受性が低いことを示します。

【IC50】

・単純ヘルペスウイルス(1型):0.01-2.7
・水痘帯状疱疹ウイルス:0.17-26

 

このように水痘帯状疱疹ウイルスはIC50が高く、薬剤感受性は単純ヘルペスウイルスの1/10程度です。

そのため高い血中濃度が必要になり、抗ウイルス薬の投与量が多く設定されているのです。

 

ヘルペスの治療はどれくらい早く始めればいいのか?

抗ウイルス薬を使う上で重要なポイントは、殺菌作用はなく静菌作用を持つ薬だということです。

ウイルスの増殖を抑制するだけなので、ウイルスの増殖が終わった後に投与しても意味がありません。

そのため発症後すぐに投与を開始する必要があります。

 

それではどれくらい早く投与を始めればよいのでしょうか。

まず単純ヘルペスでは皮疹出現から24時間以内の投与が推奨されています。

CDCガイドライン2015(PMID: 26042815)

Effective episodic treatment of recurrent herpes requires initiation of therapy within 1 day of lesion onset.

 

一方、帯状疱疹では皮疹出現から72時間以内の投与が推奨されています。

N Engl J Med. 369(3): 255, 2013(PMID: 23863052)

Controlled trials have initiated treatment within 72 hours of onset of the rash, and treatment is recommended to start within this interval and as early as possible.

 

ただし帯状疱疹の72時間以内というのは、ウイルス学的に証明された数値ではないようです。

そのため72時間以降でも、皮疹の新生が続いている場合は投与を行います。

Many experts recommend that if new skin lesions are still appearing or complications of herpes zoster are present, treatment should be initiated even if the rash began more than 3 days prior.

 

それでは皮疹が出る前から投与を開始したほうがいいのでしょうか。

次の記事で解説します。

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皮疹がないときにヘルペスの治療を始めていいのか?

ヘルペスはほとんどの症例で、皮疹が出る前に違和感や痛みなどの前駆症状が出現します。

【前駆症状の出現率】

・単純ヘルペス:85%(臨床医薬 29(2): 137, 2013)
・帯状疱疹:70~80%(PMID: 17143845)

 

それでは前駆症状の時点で抗ウイルス薬を開始したら、皮疹の出現を予防することはできるのでしょうか。

 

単純ヘルペス

まず前駆症状の時点で治療を開始した単純ヘルペスに関する研究を紹介します。

治療開始までの時間ごとに、水疱出現の抑制率が調べられています。

Sex Transm Infect. 78(6): 435, 2002(PMID:12473805)

【水疱出現抑制率】

・6時間以内:30%
・6~12時間:19%
・12時間以上:18%

 

このように前駆症状の時点で治療を開始したら、皮疹の出現をある程度予防できるようです。

特に6時間以内に内服を開始したほうが効果が高いことがわかります。

 

帯状疱疹

一方帯状疱疹ではどうでしょうか。

こちらはエビデンスがなく推奨されていません。

臨床医薬28(3): 161, 2012

皮疹のない時期から抗ウイルス薬を使用することの有用性を示す明確な根拠はない。

 

この理由は帯状疱疹の前駆症状がわかりにくいからです。

(単純ヘルペスの場合は何度も再発するので、前駆症状がわかりやすい。)

 

帯状疱疹の前駆症状を疑う患者57人の中で、実際に帯状疱疹だったのは2人(3.5%)だけだったという論文もあるようです。

(J Infect. 39(3): 209, 1999 PMID: 10714797)

 

というわけで帯状疱疹の場合は、前駆症状を疑っても抗ウイルス薬は投与せずに、しばらく経過を見るのがよいでしょう。

もし帯状疱疹であれば数日以内に皮疹が出現するはずです。